皆さま、こんにちは。エンジニア出身の行政書士です。
今日から3回にわたり、多くの中小企業経営者様が直面する「認知症と相続対策」について解説します。第1回のテーマは、平穏な日常の裏に潜む「資産凍結」のリスクです。
【結論】認知症は経済活動の「セーフティ装置」を起動させる
結論から申し上げます。
認知症による判断能力の低下は、経済活動における「セーフティ装置の発動(資産凍結)」を意味します。
工場で異常を検知したセンサーがラインを急停止させるように、法律や金融システムは、本人の判断能力に疑義が生じた瞬間、その資産を保護するために「凍結」という形でロックをかけます。
しかし、一度ロックがかかると、不動産の売却、預金の引き出し、さらには経営権の委譲といった全てのプロセスが、本人の意思では事実上不可能になります。
【根拠】なぜ「動かせなくなる」のか? 3つの構造的理由
なぜ、認知症になると資産が動かせなくなるのでしょうか。その理由は、以下の3つの構造的なハードルにあります。
- 法的能力の喪失(意思能力の問題):法律の世界では、契約を結ぶ際に「意思能力(自分が何をしているか理解する能力)」が必要です。認知症が進み、意思疎通が困難になると、売買、贈与、賃貸借契約の更新といったあらゆる契約行為が、後から「無効」とされるリスクを抱えます。
- 金融機関のコンプライアンス銀行などの金融機関は、本人の判断能力が不十分であると判断した場合、不正な引き出しや親族による横領を防ぐため、即座に口座を凍結します。これは本人の財産を守るためのルールですが、結果として家族が生活費や介護費用を引き出せなくなる事態を招きます。
- 2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると予測されています。これはもはや「運」の問題ではなく、経営者が事業継続計画(BCP)に組み込むべき「高確率なリスク(事象)」として捉えるべき数値です。
【具体例】築古アパート経営に見る「負の連鎖」
具体的なリスクを、ある経営者様の例で考えてみましょう。
例えば、個人名義で築古のアパートを所有している場合です。
もしオーナーが認知症になると、雨漏りなどの「大規模修繕の契約」や、退去に伴う「新規の賃貸借契約」ができなくなります。建物が傷んでも直せず、新しい店借人も入れられない。この状態が続けば、資産価値はみるみる下落します。
最終的に相続が発生したとき、家族に残されるのは、活用も売却もできない「負の遺産」となってしまうのです。
多角的な視点からのアドバイス
このリスクに対し、私は以下の3つの視点から対策を考えます。
- 行政書士の視点(コンプライアンス):判断能力があるうちに、将来の代理人を決めておく「任意後見」や、契約の有効性を担保する「公正証書」の作成が不可欠です。いわば、法的な「予備系システム」の構築です。
- FPの視点(コスト・キャッシュフロー):凍結リスクに備え、生活資金や介護費用をあらかじめ「家族信託」などの仕組みで分離しておくことが、家計と経営のキャッシュフローを守る鍵となります。
- エンジニアの視点(効率化・予防保守):トラブルが起きてから対処する「事後保全」ではなく、起きる前に手を打つ「予防保全」が最も低コストで確実です。法務・税務・労務を統合した「設計図」を早期に描くべきです。
第2回では、これらのリスクを回避するための具体的な「システム設計」である「家族信託と成年後見制度」の違いについて深掘りします。
「もし今の自分の思考が止まったら、会社と家族はどうなるか?」
この問いへの答えを、一緒に準備していきましょう。

