中小企業の経営者のみなさま、お疲れ様です。
前回の第2回では、製造業の経営者が驚きがちな「自社株の評価額」とその対策についてお話ししました。
第3回となる今回は、自社株と並んで製造業の事業承継で大きな課題となる「工場(土地・建物)」と「生産設備」、そしてそれに伴う「個人保証(連帯保証)」の引き継ぎ方について解説します。
製造業にとって、工場や機械は利益を生み出す「命」そのものです。しかし、いざ事業承継や相続の局面を迎えると、これらは「動かすのが非常に難しい重い資産」へと姿を変え、経営の大きなリスクになることがあります。
リスク①:「工場や土地」が先代社長の個人名義になっている罠
多くの中小製造業では、工場の敷地や建物が「会社名義(法人所有)」ではなく、「社長個人の名義」のままになっています。中には、先々代(お父様など)の名義がそのまま残っているケースすらあります。
これがなぜ危険なのでしょうか。
- 親族間で土地が分散し、工場が使えなくなるリスク:もし社長が突然亡くなり、相続が発生した際、明確な遺言書がないと、工場の土地は法律に従って遺族全員で分け合うことになります(法定相続)。もし、会社を継がない兄弟が工場の土地の一部を相続し、「自分の取り分だから売却したい」「会社から高い賃料を取りたい」と主張し始めたらどうなるでしょうか。最悪の場合、工場を立ち退かなければならず、生産ラインがストップしてしまう事態に追い込まれます。
- 「会社名義への買い取り」は資金面での負担が大きい:「それなら、今のうちに会社が社長から土地を買い取ればいい」と思われるかもしれません。しかし、製造業の敷地は広いため、買い取りには多額の資金が必要です。また、税金(譲渡所得税など)の負担も発生するため、一筋縄ではいきません。
リスク②:最新の「生産設備」や「機械」に潜む承継のハードル
製造業の強みは、他社には真似できない加工や生産を可能にする機械設備にあります。これらを引き継ぐ際にも、見落としがちなポイントがあります。
- リース契約やローンの引き継ぎ審査:高額な工作機械や成形機、検査装置などをリースやローンで導入している場合、社長(経営者)の交代に伴って、リース会社や金融機関による「再審査」が行われます。後継者の経営経験が浅いとみなされると、保証人を追加で求められたり、最悪の場合は一括返済を求められたりするリスクがあります。
- 担保設定(抵当権)の確認:設備投資のために銀行から融資を受ける際、工場の土地や建物に「抵当権(担保)」が設定されていることがほとんどです。経営者が変わるということは、その借入金と担保の関係もすべて後継者が引き継ぐことを意味します。
リスク③:後継者の最大の足枷になる「経営者保証(連帯保証)」
そして、多くの後継者が事業を引き継ぐのを躊躇する最大の理由が、この「経営者保証(会社の借入金に対する社長個人の連帯保証)」です。
長年、設備投資を続けてきた製造業は、どうしても借入金の額が大きくなりがちです。「会社を継ぐということは、何千万円、何億円という会社の借金の連帯保証人に自分がなるということか……」と、後継者が恐怖を感じて二の足を踏んでしまうケースは非常に多いのです。
命である「現場」を次世代へきれいに残すための対策
これらの「重い資産」と「リスク」から会社と後継者を守るために、今からできる対策は以下の通りです。
1. 「遺言書」の作成で、工場の分散を確実に防ぐ(予防法務)
最も確実で、今すぐ始められる対策は、現経営者が「工場の土地・建物、および自社株は、後継者にすべて相続させる」と明記した遺言書を遺しておくことです。他の親族への配慮(遺留分対策)も合わせて専門家と設計しておくことで、将来の親族間トラブルを未然に防ぎ、生産現場を死守することができます。
2. 「経営者保証ガイドライン」の活用
現在は、一定の要件(法人と個人の資産が明確に分離されていること、財務状況が健全であることなど)を満たせば、社長交代時に後継者が連帯保証を引き継がなくてもよい(または解除できる)仕組み(経営者保証に関するガイドライン)が整備されつつあります。銀行との事前のネゴシエーション(交渉)が鍵となります。
現場の「保全」と同じように、経営の「保全」を
製造業に携わるみなさまであれば、機械のメンテナンス(予防保全)がいかに重要か、よくご存じだと思います。壊れてから直す(事後保全)のでは、多大なコストと生産ロスのリスクを伴うからです。
事業承継もまったく同じです。
トラブルが起きてから対処するのではなく、「経営が順調で、社長が元気な今のうちに、将来のリスクを予測して手を打っておく(予防法務・予防保全)」ことが、大切な工場と従業員を守る唯一の方法です。
まずは、自社の工場の名義がどうなっているか、現在の借入金や担保の状況がどうなっているか、一度「健康診断」のように棚卸しをしてみませんか?
次回予告:第4回「熟練工の『暗黙知』を次世代へ。技術・ノウハウ承継の仕組み化」
次回は、もう一つの高い壁である「技術・現場の壁」にスポットを当てます。ベテラン職人の頭の中にある大切なノウハウや技術を、どのようにスムーズに後継者や若手へ引き継いでいくべきか、具体的な「仕組み化」のステップをお伝えします。
【個別のご相談も承っております】
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